国の福祉制度の基礎構造改革が急速に進み、いまさまざまな関連事業が新しく作られています。「精神障害者・退院促進・支援事業」もその一つ。精神病の中でも最も多いのが統合失調症という病気で、およそ100人に1人の割合で発症すると言われています。稀な病気ではありません。世界中でほぼ同一の発症率が報告され、生涯のもっとも盛んな時期に発症するのが特徴です。1%の発症率というのは実感がありません。その病をもつ人たちが私たちの周りに存在感が無いのは、その人たちの多くが病院に入院されているか、入院されていない人も社会の無理解や差別偏見に阻まれて見えなくされているからです。
日本の場合、世界の流れに逆行しているのですが、精神病をもつ人たちは1993年に障害者基本法において障害者として位置づけられるまで、長い間福祉の対象とはならず、医療の対象として病院に囲われてきた経緯があります。その結果、症状が安定して家族や地域での受け入れの条件が整えば退院できそうな患者も引き続き入院措置が取られる、いわゆる社会的入院患者を多く生むことになりました。その数は統計上、入院患者の約2割。静岡県の場合、入院患者6,233人のうち1,373人が社会的入院患者という調査結果が報告されています。
近年国は、その社会的入院患者を積極的に退院させる方向に方針を大転換させました。そこで考え出されたのが冒頭でご紹介した「退院促進支援事業」です。この事業の目的は、精神障がい者を、ただ病院から退院させることにあるのではなく、社会的入院をなくすために、また新たな社会的入院を生み出さないために、医療や保健、福祉の分野が連携して、地域に新しい人の流れや環境を作り出すことにあります。
病院の中に置かれていた人が地域で生活するようになる。家族の一員として、地域住民として、消費者として、福祉サービスの受益者として、施設のメンバーとして、労働者として、まさにいろいろな立場を持って私たちの間で生きることになる。それはあたりまえでごく普通のことですけれども、この社会でそのあたりまえが通らないのが精神障がい者が置かれている状況の難しさです。
精神障がいは他の障がいと較べて、理解されにくいところがあります。冒頭に書きましたように私たちの周りにいないか見えなくされているということが一番の理由だと思います。それがどのような場合でも、他者と出会うということは、私たちが持っている常識に修正を迫られることですが、私たち自身やこの社会を豊かにさせるきっかけも合わせ持っています。出会いが無いということはそのどちらも無いということです。『世界がもし100人の村だったら』という本があります。長年入院生活をされてきた精神障がい者が地域に住むことになれば、その方々はこの社会を支える100人のうちの1人となります。重ねて言いますが、社会を支える一員です。
ところで、そもそもなぜこの世に障がいというものがあるのでしょうか。障がいとは人間という種の保存のために無くてはならないものであるということを、確かどこかで読んだことがあります。ナチスドイツではその優生思想によってユダヤ人や少数民族とともに障がい者は抹殺の対象であったといいます。障がいや精神病を否定すべきもの、あってはならないもの、社会にとっては迷惑なものという考えを社会に流布させ、偏見や差別を助長し、障がい者を社会から切り離し、存在そのものを否定しようとする考えそれ自体が犯罪的、暴力的です。違いを認めないということ、違うものを差別し排除するという思想は社会に大きな緊張とストレスを生み出し、結局その社会自体を破滅に導くでしょう。わたしはナチスドイツのことを言っているのではありません。
障がいとは人間性の一部です。と言っても障がいを美化するつもりはありません。確かにそれは障がいを負うものにとっては不条理で否定しようにも否定できないものゆえに、さまざまな苦しみや悲しみを伴うことは事実です。しかしひとに対しては生きる意味を、ひとの可能性や多様な生き方を自覚させ、社会にあっては共に生きることや他者とのつながり、さらには信頼や愛する感情を養い、平和の尊さを知らせるきっかけともなり得て、かけがえのない肯定的な役割を担っていることも事実です。
『世界がもし100人の村だったら』の著者は、このように語りかけています。
いろいろな人がいるこの村では、あなたとは違う人を理解すること、相手をあるがままに受け入れること、そしてそういうことを知ることがとても大切です。(理解すること、受け入れることはとても根気と努力が要ることですが、報いも大きいでしょう。)
愛してください。たとえあなたが傷ついていても、傷ついたことなど無いかのように愛してください。
愛してください。あなたがこの村であなたと違う人々と暮らしてこうして生きているという事実を。
もしも、私やあなたから始まって、多くの人が(努力によって)この村を愛することを知ったなら、(そしてこの村を愛することができるようになったなら)、(偏見や差別や排除または)人々を引き裂くあらゆる非道な力からこの村を救うことができます。(それはつまり、自分自身とここでともに生きる人々を救うことになるのです。) 注:( )内は石上の作文です。
退院促進事業を実施するに当たって「自立支援員」という資格が新たにできました。社会的入院をされている精神障がいをもつ人が退院を希望されるときに、医療、保健、福祉、行政などの関係者と連携を取りながら、地域での生活を営むことができるようにお手伝いするお仕事です。かつては「地域から病院へ」、そして時代は変わり、これからは「病院から地域へ」となる。その流れを作ろうというところで、微力ながら私はこの度、100人目の村人を迎えるお手伝いをさせていただくことになりました。
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