2008年4月 2日 (水)

不登校「問題」の出口③

 私の息子は結局今年1年間不登校であった。本人は学校復帰を願っているが、今はまだその状況にはなさそうだ。学校の担任の気遣いはありがたかった。また、息子の状況を暖かく受け入れてお付き合いいただいた多くの方々に恵まれてほんとうに感謝している。その方々の何気ない普通の関わりは私たち家族がカプセル状態の中に窒息することから救ってくれた。子どもが不登校になったおかげで、親子関係や家族関係で気付かされたことは多い。もしもそれに気が付かずにいたら、別の形でイエローカードやレッドカードを貰うことになったかもしれない。そう考えると子どもには申し訳ないがよかったとさえ思える。

 不登校を子どもの心の問題として単純化しようとする社会の風潮がいかに浅はかであるか我が家の事例で証明できる。不登校「問題」は、子どもの心が問題なのではない。家族や学校、社会のすべてのあり方に検討を促している。問題なのは私たちの方なのだ。

 不登校を「適応の問題」とする考えがある。確かに、この現実の社会に適応していくのは難しいかもしれない。子どもが適応できるよう導き教えることができれば、その子については正解かもしれない。では、その子の次に来る不適応の子どもにも同じことをするのだろうか。「適応の問題」は義務教育にある子どもだけに起こっているわけではない。おとなは「適応」のハードルをますます高くしていながら、「適応問題」の解決を子どもにだけ強いていていいのだろうか。おとなが真剣に考えなければならないことは、子どものこころを変えることよりも、江口昌克・静岡大学准教授曰く、この社会に子どもたちが安心して生きることができるような信頼関係を築くことであり、私たちのあらゆる社会生活の場をその方向に充実させていくことに努力することではないだろうか。

 息子は最近昼夜逆転をしだしている。不登校のお決まりのコースを息子も着実に歩んでいる。食事や生活のリズムが崩れる。家族もそれに引きずられる。ますますはまっていく姿をずっと見せられている親としては、分かってはいても小言の一言も、小言が出なくても顔にそれと表れる。いや、見られたなと思う。しばらく後で思い直す。いちばん辛いのは息子なんだ。その若い肩に「今の時代」を担って耐えている。重たかろう。私は「今の時代」を彼より少し早くから生きてきた者の責任として、また子の親として、このアンフェア(不公正)な格差社会を強いるものに対していっしょに戦い、希望が見える地平まで寄り添って行きたいと思った。その地平の向こう側からは、まったく異なった境遇でありながら、同じような思いを抱いてグローバリゼーションの嵐の中を資本の暴虐と戦って生き延びてきた多くの仲間がきっと私たちを迎えてくれることを信じている。

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不登校「問題」の出口②

 1980年代前半に荒れ狂った校内暴力、それに続く徹底した管理教育、その反動としていじめ、学級崩壊、そして不登校や引きこもり、新たな障がい概念の取り込みによる子どもの分け隔て、若年労働者層の失業や浮遊化など学校外に見られる新たな問題、子どもの自死や子どもによる傷害事件の過度のマスコミ露出、教職員組合への攻撃、君が代・日の丸に見られる思想統制、教員免許の更新制度に見られる教育労働者としての教員の選別と格付け。そして、福祉における基礎構造改革とともに、最後にやって来たのが新教育基本法。もちろん、その先には日本国憲法の改憲が待ち構えている。

 若者たちは感じている。ますます広がる経済格差の中で、この社会は努力する甲斐が無い。努力しても報われるとは限らない。この社会は信頼に値しない。守るべき国やふるさとも無い。若者の社会に広がるあきらめ、無気力、生存の不安、やり場の無い不満や怒り。ますます広がる経済格差は一握りの勝ち組とその他大勢の負け組みを作り出した。もしも所得分配がフェア(公正)に行われれば、努力すれば報われる社会になる。今をこらえて将来に希望をつなぐことができる。結婚もできるし家族も養える。すこしは我慢して仕事を続けようと思うので、簡単には離職しない。フリーターが減る。自分の命の根拠となるこの社会を愛しいと思うようになる。社会参加意識が高まり、将来的に安定した生活が保証されれば年金加入者が増える(かもしれない)。同世代のがんばりや自信は伝染して引きこもる人々を外に導く。

 しかし、現実は逆の方向に進んでいる。格差が広がるだけ資本にとって利益となる。なぜなら、労働が生む価値の中で労働者が受け取る分が少ないだけ資本の取り分が多くなるからである。この格差社会を推進してきたのは新自由主義政策を打ち出した与党・政府である。もちろん、文科省もその政策の立役者となって貢献してきた。今言われている、「教育問題」は社会問題として、そして資本による現代的な労働支配の問題へとシフトして捉えなければ問題の本質は見えてこない。高額所得層を保護し、社会の多数を貧困に追いやる。国民に自己責任を強いて捻出した予算はフリーターやニートなど若年労働者の雇用対策にまわされる。国としてはそれで貧困対策の手は一応打ったことになる。

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不登校「問題」の出口①

 文部科学省の統計によると、今から10年前の平成10年(1998年)度、不登校の中学生の生徒数が10万人を超えた。それ以来昨年度(平成18年度)までその数は同じ水準で推移しているが、その10年間で生徒数が17%減少しているので、不登校の割合は増え続け(同期間で0.5%増)、全生徒数の3%に達しようとしている。3%が多いか少ないかはそれぞれの認識の違いだが、およそ30人学級で言えば全国の国公私立中学の各クラスに一人は学校に行かない子どもがいる計算になる。30人にひとり、数字で表せばそんなものかで済んでしまいそうである。しかし、そこには数字からでは伺い知れない、生身の人間の苦悩がある。中学生にとって学校は社会そのものである。その社会から外れるということは人生経験も少ない子どもにとって自分の全存在を否定されたような重大な打撃であり、若くして負わされる人生の危機である。その痛手とハンディは生涯消えることはない。

 1992年当時の文部省は不登校はどの子にも起こりうるとの見解を示し、それまでの不登校の原因に関する考えを修正した。しかし、原因が分からないでは対策の取りようがない。不登校になってしまった生徒に対しては、対症療法的にカウンセラーを配置したり、適応指導教室や官民の教育・相談機関に委託したりするなどの対策が取られている。不登校の子どもを学校に復帰させる目的で教育委員会が設置する「適応指導教室」は全国に1,000を超え、その数は年々増えている。その甲斐あって、学校に復帰する子どもの数は少なく無い。3%未満で収まっているということは、現場の関係者の努力の現われと見ることもできる。しかし、予防的な対策はほとんど見られないし、予防対策が取られているとしても上記の数字が示しているように実際に効果は上がっていない。そもそも不登校の予防は可能だろうか。

 今から思えば、文部省が当時「どの子にも起こりうる」とした不登校についての見解の修正は、「こころ」をキーワードにしたあらたな管理上の政策転換を進めようとしている中でのひとつの現われではなかったか。「この子ども」はたまたま不登校になっただけであり、もしかしたら、怠学になったかも知れない、暴力やいじめる側の方向に向かったかもしれない。他の問題行動を引き起こしていたかもしれない。今は抑制がきいていても数年後に高校や大学を中退するという形で問題が出現するのかもしれない。不登校の因果関係や予測はつかない。家庭や地域社会を含めた子どもを取り巻く社会の大きな変化の中で、「この子」にはたまたま不登校という現れ方で起こった出来事、だから誰でも起こり得ることなのである。不登校をなくすということは、それと根を同じくする現代的な学校病理と言われるものをも相手に戦わなくてはならない。学校病理は学校を取り巻く社会のあり方を反映しているに過ぎない。結局、本気で不登校をなくすということは文科省はもともと考えていないだろうし、文科省が進めようとしている教育改革やその前提となる政府・与党の一連の社会改革にブレーキをかけることになるので、不登校やいじめなど教育問題といわれる一つひとつを子どもの「心の問題」や「適応の問題」としておいて、小手先の対策で済ましているようなところがあるのではないか。

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2007年12月12日 (水)

2007クリスマスメッセージ④

 孤独であったり、自分を見失って思い悩んでいるとき、この聖歌をうたうと思わず目頭が熱くなって、深い癒しが与えられます。C.コンヴァース作曲の同じメロディーで日本では童謡「星の世界」として親しまれています。

「いつくしみ深き」 原題:WHAT A FRIEND WE HAVE IN JESUS
(讃美歌312番/ 聖公会聖歌520番)
いつくしみ深き 友なるイエスは
罪とが憂いを とり去りたもう。
こころの嘆きを 包まず述べて
などかはおろさぬ 負える重荷を。

いつくしみ深き 友なるイエスは
われらの弱きを 知りて憐れむ。
悩みかなしみに 沈めるときも
祈りにこたえて 慰めたまわん。

いつくしみ深き 友なるイエスは
かわらぬ愛もて 導きたもう。
世の友われらを 棄て去るときも
祈りにこたえて いたわりたまわん。

 この詩は私達がどのような状況にあろうと、救い主イエス・キリストは慰め励ましを与える最高の友であることをのべ伝えています。
 また、聖書の別の箇所では、次のようなイエス様の招きの言葉が語られています。
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしのくびきを負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」
(マタイによる福音書第11章28-30節)
 クリスマスはそのイエス・キリストのご降誕を記念して行われるキリスト教の祝祭です。

 私たちはそれぞれ神様からかけがえの無い賜物をいただいています。私たちがそれを知りまた信じることによって深い慰めと生きる勇気,希望が与えられますように。またその賜物が私たちの間にあっては神様の慈しみの光に照らされてこの世に光り輝きますように。メリークリスマス。

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2007クリスマスメッセージ③

 自分らしくあるということは、自分を生きるということ。生き辛さを感じたとき、自分を取り戻すために立ち止まって重荷を降ろすことができたらどれだけの人が救われることでしょう。必要なときに途中下車できる社会、下車しなくても特急電車から普通列車に乗り換えてスローダウンすることが当たり前にできる社会。そうすることがその後の人生のなかでハンディにならない。負の経験がキャリアとなってふたたび人生を歩むことができる。社会の仕組みや私たちの意識にそれくらいの余裕が欲しい。若者を支えるのは社会の総合力です。社会の中にへこんだ部分があっても余裕があるところがそれを埋め合わすことができればいいのです。

 たとえいま自分が重すぎる荷物にへこみそうになっても、社会に分かち合える余裕があれば、少しの無理も持ちこたえることができます。薬を飲んだり精神療法や癒しの手立てを受けてでも、重荷を抱えて人生を走り続けざるを得ないのは、余裕のないまさにこの時代らしさなのですが、それはほんとうに私たちが望んでいる人間の在り方なのかどうか。必要とされない、無視される、人の生きようとする力を挫くにはそれだけで十分です。自分たちは社会から大切にされている。守られている。見放されることは無い。そういう安心や信頼こそ今の若い人たちの間には必要ではないかと思います。余裕があれば打たれ強くなる。挫けずに困難を乗り越えようとする意志が働く。安心が人を支えるでしょう。

 いまはなきマザー・テレサの言葉、「この世で最大の不幸は誰からも必要とされないと感じること」。この言葉はいまも生きています。マザーはインドの路上で孤独の内に死に行く人々や孤児そして貧しい人々に仕えていましたが、この言葉は愛に冷めたこの国の人々の心をも鋭く射抜いています。

 新約聖書の中で、イエス様がお弟子に語られたたとえ話に「見失った羊のたとえ」があります。「あなた方の中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで探し回らないだろうか。」(ルカによる福音書14章1節-7節)というくだりです。神さまはどこまでも迷い出た私を探してくださる。迷い出たのはお前の責任だとは言いません。人は迷うものです。一度だけではありません、何度でも迷います。神さまはそのことを十分ご承知です。だから何度迷ってもどこまでも探し出してくださる。それがまた、たまたま迷い出ないですんだ野原に残された99匹の羊の安心でもあります。

 私たちの生活は互いの力によって担われています。生産性や能力の面だけを見て、社会や誰かを担っているつもりでいても、実は人間存在という面においては反対に担われる側にあります。神さまは人間に多くの裁量を委ねられました。人に社会を形成し、それを治める力をお与えになりました。人はそれぞれが持っている賜物に応じて社会の中で役割を果たします。障がいがあっても無くても、老若男女、仕事ができてもできなくても、個々に与えられたものを用いて社会を成り立たせている。この世には不要な人などひとりもいない。誰もが他者を必要とし、また必要とされている。

 この世にかけがえのない命が与えられたのです。若い人たちはわたしたちの未来そのものです。その人たちが希望を失ってどうして未来を語ることができるのか。
ひとりの人間としての尊厳が守られ、その人に与えられた賜物が生かされるよう励まし助けて、社会全体で若い人を支える仕組みを作る。若者を支えるのは社会の総合力です。「かげんどら」も現代のこの社会では数少ない「安心を感じられるところ」として人々のお役に立ちたいと願っています。
(続く)

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2007クリスマスメッセージ②

 若い人たちが自分らしく、安心して生きられないのは、この社会が個人に対して適応や順応を求めることが余りに多くて、自分らしくいられる時間や空間がどんどん狭められているからではないかと思います。この社会では、社会参加も自立も要するに社会に適応することとほとんど同じ意味です。

 自分らしさというのは、自分が存在することとそのありのままの姿を肯定する感情から生まれます。自分を社会や集団に適応させることばかりが求められると、自分を肯定する感情を育てる余裕がなくなってしまいます。いったん社会や集団から身を引く、そういうことも時には必要かもしれません。

 安心していられる時や場とは、自分らしさを出せるところです。それは時には甘えやわがまま、あるいは自分流とか頑固さという形で表現されるかもしれません。その人に何ができるのか、あるいはできないかとか、社会や他者から何を期待されているかということはさておいて、自分が自分であることを基本的に保障される、つまり他者から存在とありのままの姿が基本的に肯定されたり受け入れられること、またそれが許されているという関係が成り立っているかどうかということが問題です。人はそういうところで安心や自分らしさを感じることができるからです。その感情は人が生きていく上で大切な力になるでしょう。またそれは平和な社会を築くために欠くことができない礎でもあります。反対に、自分を見失うとはどのような時かと言いますと、自分はこれでいいんだと自他共に肯定できる関係が見えなくなっているときです。

 皆さんはどのようなときに安心や自分らしさを感じますか。私の場合、いろいろな場面を想像できるのですが、社会に適応しようとしている自分が自分らしくはないかというと決してそうではありません。社会に適応しながらかつ自分らしくあるということは当然可能なわけで、本来両者は矛盾するものではありません。しかし、知らぬ間に荷物をたくさん背負い込んでいる自分に気がつくことがあり、そんなときは関係もなんだかギクシャクしてたいへんな思いをします。重荷は人生に付き物です。それを過重と感じるかどうかはそのときどきの自分の状態と社会との関係によります。自分の許容量が低くなっていたり、社会からの期待がそれを上回ったりします。

 社会から顧みられなくなっても貧しさから抜けられなくても、すべて個人の責任にされてしまうのがいまの世の中、社会とのつながりが見えなくなって重荷を重荷と感じても、その重荷を降ろす余裕すら与えられません。余裕のない状況ではちょっとした困難でも大きな打撃となります。そこから外れることが直接恐怖につながります。余裕を失って蓄えの無い人にとっては、危機的状況に陥りやすく、まさに生死に関わる問題です。
(続く)

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2007クリスマスメッセージ①

 私が関わっている「特定非営利活動法人 かげんどら」の活動には学習会を中心にしたフリースクールと、若い人たちが自由に利用できる居場所、就労と社会参加の機会としての喫茶・売店部門の3つの活動があります。
 どの活動においても、基本としているのは日ごろ人と関わる機会の少ない若い人たちに「安心して過ごすことができる居場所」を用意させていただくことです。ですから、私たちスタッフの関心は、参加者に「どういう人になってもらいたいか」ということよりも、「いまこの世界をどう感じているか」ということにあります。
 私たちは、若い人たちにとってそこがひとつの社会参加の機会となり、その場において自然に分かち合いが行われることを願っています。そういうことを通してそれぞれが自立への意欲を高めていただく一助となれば、それはそれでまた結構なことだと思います。

 最近、新聞に掲載されたこの国の若者に関する二つの統計結果をご紹介します。そのひとつは10月9日付け静岡新聞、医師が面接して診断した北海道大学研究チームによる調査で、中学1年の一般の生徒122人の内うつ病の有病率が10.7%であったこと。
もうひとつは、高校生新聞社が今年の7月、全国の国公私立高校58校を通じて、高校の人生観を問う調査で、「失敗してもやり直しがきく」と答えた生徒は11%、「今の日本に生まれてよかった」は28%、「努力すれば報われる世の中」は34%、「格差が広がるのは仕方が無い」は29%、「希望の仕事でなくても正社員に」は51%、「将来の年金受給を疑問に思う」は32%、「結婚できない不安を感じる」は25%、という結果が発表され、記事は全国の高校生たちの間で悲観的な人生観が広がっていることがこの調査で分かったと結論しています。

 失敗は許されない、努力は報われない、貧乏人は文句を言えない、結婚できないかもしれない、老後の生活もままならない。これでは何のために高校生生活をしているのか分かりません。社会への信頼や希望を失って、切羽詰った余裕のない若者の心理が見えてきます。先にあげました中学生のうつの有病率の高さは、こうした高校生の社会認識や人生観にかなり近いものが原因しているのではないかと想像します。こういう状況のなかで仲間同士でいじめあったり、生きる意欲をなくしたとしても不思議ではありません。
(続く)

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2007年11月 8日 (木)

楢林理一郎先生の講演を聞いて

社会的引きこもり講演会
2007年11月8日(木)午後1時半~4時
掛川市美感ホール
静岡県精神保健センター
講師:楢林理一郎先生(湘南クリニック院長)
テーマ:ひきこもりに悩むご家族への援助

お話は、ひきこもりの定義と概説、統計的な説明から始まりました。
病院の先生のお話でありながら、医学的な分析よりも、この問題に対する現代医学の限界と心理社会的な支援、精神保健的なアプローチの必要性を説くことが強調されていたように思いました。

「ひきこもり」はしばしば長期化し、家族や援助者は努力が報われず無力感を持ちやすい。その結果、「問題」解決への意欲が低下してしまう場合が多く、長期化によってご本人とご家族の高齢化とともに、ご家族が孤立するという新たな問題も生じやすい。

誰も好んでひきこもっているわけではありませんが、「ひきこもり」の経験と言うものは、たとえその「問題」が解決したとしても、ご本人にとってもご家族にとってもおそらく生涯にわたってその人の生活の質に何らかの影響を及ぼすことと思います。

楢林先生は、お話の中で、「ひきこもり」とうまく付き合うためのアイデアをいくつか挙げられました。「ひきこもり」とうまくつきあう、そういう視点もあるのかなと気づかされました。解決を急ぐあまり、このことが往々にして忘れられがちになるのではないかと思います。
今の閉塞状況を100%悪者と決め付けず、一旦受け入れる覚悟をする。そうすると、今まで見えていなかったことも見えたりするのではないかと思うのです。

「ひきこもり」とうまく付き合うために、先生が最も強調されていたことは、ご家族もほっとできる時間や場所、仲間を持ちましょうと言うことでした。最近は各地に家族会を始め、さまざまな社会資源、相談機関などができてきています。社会や地域にご本人とご家族を支える援助システムが徐々にではありますが構築されようとしています。まだまだ限られた範囲ではありますが、必要としている人たちが声を上げることによって、次第に社会的な広がりを持てるようになるのではないかと思います。また実際そのようになってきています。

なぜ、この人がこの家族がそのような苦しい思いをしなければならないのか、人に訪れた苦難は、その人個だけを見ていては理解できません。来る日も来る日も誰にも言えない苦しさ辛さ。この生活がいったいいつまで続くのか。無為に過ぎていく日々。生きていてそこに何か意味があるのだろうか。

ひきこもりは、いわば人と人が関わりをもつことに対する「異議申し立て」ではないかと思います。表面的には関わりを拒否したり関わりに絶望することのように見えながら、実は、深いところでほんとうの関わりを求めているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。ですから、ご家族を含めて、この社会は、つまり私たちは引きこもる人の声にはならない「異議申し立て」に答えていかなくてはならないと思います。

いま、この時、全国で数十万人から百万人の「ひきこもり」の方がおられると言われます。それだけの数の人がそれこそ人生をかけて「ノー」を表現している。その数とその重みはどれだけなのでしょう。確かに、ひきこもる方々の存在は見えにくい。しかし、彼ら/彼女たちの声が聞こえない、では済まされない。私たちはその声を聴かなくて、その先にどのような人と人のつながりを作ろうというのでしょうか。私たちは可能な限りの想像力を持ってひきこもる方々の声にならない訴えに耳を傾け、私たちのつながりが本来どうあるべきかを考えることに「ひきこもり」のほんとうの意味があるのだと思います。

なぜ「ひきこもり」があるのか。なぜ「この人」がひきこもらなくてはならないのか。「この人」のこころの中をいくら探っても答えは見出せません。答えは「この人」と「私」の間にあるのではないかと思うのです。楢林先生は、「ひきこもり」に対して従来の精神医学で対応できる範囲は限定される、精神保健福祉的なアプローチが必要であるとお話されました。つまり、医療と福祉の両建てで考えると言うこと、その中でも福祉的なアプローチ、つまり関係性の新たな構築と言うことなのでしょうが、そこからはまだまだ多くの可能性が隠されているので、その方面でも期待できるし、また、どうしてもやらなくてはならないことであると思います。今日の講演を聴きながらそのようなことを考えました。

楢林先生言われる様に「何もしなければ、何も変わらない」。ご本人やご家族への援助も含めて社会の各層、各レベルでそれぞれの有効な手段を用いて援助を一層充実していくべきだと思います。人はなぜ生きるのか、苦しみはなぜあるのか、その意味をご一緒に問い、見出すことができたらと願わずにはいられません。

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2007年10月24日 (水)

不登校の子どもをお持ちのお父さんへ

 今年の4月から私の息子が不登校になった。彼の場合、不登校を「選んだ」と言うよりも、疲れ果て性根尽きて行かれなくなってしまった。前兆はあった。限界も見えていた。中学2年の新学期、予想通り行かなくなった。私がフリースクールを仕事としていることと彼の不登校とはあまり関連が無いように思える。この場合、私は世の親と同じひとりの親であり、世のお父さんと同じひとりの父親であった。学校に行かないそのことよりも、息子がからだ全体で何かしらを訴え、もだえ苦しむ姿にうろたえる。父親は言葉として表されることを第一に求める。しかし、この事態に言葉は無力である。言葉は問題の根を手繰り寄せる「取っ付き」くらいの役しか果たさない。それならまだ良い。言葉は広大な無意識や感情という名の海に浮き沈みし潮の流れに身を任せる木片にすぎないことを認識すべきだ。

 子ども本人の口から言葉による何らかの説明を求めることは初めから期待されないほうが良いと思う。「思う」と私が言うのは、このような問題に断定的な物言いは禁物だからだ。いじめや虐待などおよそそれが原因と思える場合であっても、どうしても原因を特定し得ない部分が最後まで残るだろう。同じいじめを受けても本人にそれを受け流す社交的スキルや周囲の関わりによって事態は違ってくるだろう。そうして搾り出された言葉は本人の口を出たとたん聞く側の受け取り様によって一人歩きすることもあるから要注意。そもそも原因がある程度分かったからと言って、事態が改善したり、学校に行くようになるということにはならないと思う。

 家族に訪れる異変やだいたいのもめ事がそうであるように、その理由を言葉化することはその事態を了解したり経過するに当たってあまり重要ではない。言葉にならなければ悩み苦しみの存在自体が無いとも言わない。言葉化という手続きを踏まなければ事態が解決できないと言うのでもない。だいたいの場合、言葉に拠らぬ方法で事態は収まる。

 感覚や感情に客観性が与えられて初めて言葉が与えられる。感情が心の奥底に潜んでいたり、何かにブロックされているときにはなかなかそれを表現する言葉が出てこない。いくつものプロセスが必要かもしれない。長い時間がかかるかもしれない。そのプロセスを経過し、その時を待つ。感情が言葉となったその時はすでに問題の解決が与えられるかその準備ができている局面なのかもしれない。そもそもその最中に、なぜ言葉を求めるのか、言葉は方便である。ああそうだったのか、そういう訳かと納得したい。得体の知れない悩み苦しみから解放されたい。自他共に了解しあえる少しでも確かなものを得たい。責任が伴うものであれば客観性がものを言う。だから言葉を求める。それは男に生まれた者、父親としての性(さが)かもしれない。親としては親身になって心配してのことだとしても、本人としてみればそれどころではない、なぜこんな時にと不信を招くだけだ。

 人を支えるもの、またひとを揺さぶり動かすもので言葉化し得ないものの方がはるかに多い。息子と私を含めた家族全員に訪れたこの初めての事態をどのように受け止めたらいいのか。絡んだ紐を解くように細心の注意を払って、冷静に根気強く、できるだけていねいに整理してみたいと思った。言葉はいくらでもあとからついてくる。今できること、しなければならないこと、それはまず存在を認めること。毎日の過ごし方や病院選びとか学校との対応、情報の収集、不必要な壁を作らないための周囲への最小限の説明や配慮、家族の日常を成り立たせるために協力者を求めることなど、差し迫った必要に本人と家族が同じ方向を向いて対処すること。

 スタートラインが見えてきたら、言葉化できないもどかしさに耐えつつ、了解し合える言葉を求めて、広大な海原に親子共に腰をかけて釣り糸を垂らすことだろうか。おはよう、お休み、いただきます、今日はどうだった、そういう何気ない日常の会話が家庭に成り立たなければ言葉化は不可能である。いわば、それは家族全員の共同(協同)作業である。その点で、別の意味で言葉(かけ)は重要なアイテムである。そしてその次は、この社会の中で学校にいかないということはどういうことなのか、我が家に訪れた事態をふまえつつあらためて問い続けることである。

 息子が学校に行かなくなってからしばらく、私は不登校はもとより、これまで私が発言してきたその他のテーマについて、なんらかのコメントをすることができなかった。私の中に起きているさまざまな感情に向き合い、一応の整理をつけることが先だと思った。それから半年、私的にも仕事の上でもいろいろなことがあったが、ようやくブログへの投稿を再開するところまでこぎつけた。以後、これまでと同様よろしくお付き合いください。

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2007年6月15日 (金)

100人目の村人

 国の福祉制度の基礎構造改革が急速に進み、いまさまざまな関連事業が新しく作られています。「精神障害者・退院促進・支援事業」もその一つ。精神病の中でも最も多いのが統合失調症という病気で、およそ100人に1人の割合で発症すると言われています。稀な病気ではありません。世界中でほぼ同一の発症率が報告され、生涯のもっとも盛んな時期に発症するのが特徴です。1%の発症率というのは実感がありません。その病をもつ人たちが私たちの周りに存在感が無いのは、その人たちの多くが病院に入院されているか、入院されていない人も社会の無理解や差別偏見に阻まれて見えなくされているからです。

 日本の場合、世界の流れに逆行しているのですが、精神病をもつ人たちは1993年に障害者基本法において障害者として位置づけられるまで、長い間福祉の対象とはならず、医療の対象として病院に囲われてきた経緯があります。その結果、症状が安定して家族や地域での受け入れの条件が整えば退院できそうな患者も引き続き入院措置が取られる、いわゆる社会的入院患者を多く生むことになりました。その数は統計上、入院患者の約2割。静岡県の場合、入院患者6,233人のうち1,373人が社会的入院患者という調査結果が報告されています。

 近年国は、その社会的入院患者を積極的に退院させる方向に方針を大転換させました。そこで考え出されたのが冒頭でご紹介した「退院促進支援事業」です。この事業の目的は、精神障がい者を、ただ病院から退院させることにあるのではなく、社会的入院をなくすために、また新たな社会的入院を生み出さないために、医療や保健、福祉の分野が連携して、地域に新しい人の流れや環境を作り出すことにあります。

 病院の中に置かれていた人が地域で生活するようになる。家族の一員として、地域住民として、消費者として、福祉サービスの受益者として、施設のメンバーとして、労働者として、まさにいろいろな立場を持って私たちの間で生きることになる。それはあたりまえでごく普通のことですけれども、この社会でそのあたりまえが通らないのが精神障がい者が置かれている状況の難しさです。

 精神障がいは他の障がいと較べて、理解されにくいところがあります。冒頭に書きましたように私たちの周りにいないか見えなくされているということが一番の理由だと思います。それがどのような場合でも、他者と出会うということは、私たちが持っている常識に修正を迫られることですが、私たち自身やこの社会を豊かにさせるきっかけも合わせ持っています。出会いが無いということはそのどちらも無いということです。『世界がもし100人の村だったら』という本があります。長年入院生活をされてきた精神障がい者が地域に住むことになれば、その方々はこの社会を支える100人のうちの1人となります。重ねて言いますが、社会を支える一員です。

 ところで、そもそもなぜこの世に障がいというものがあるのでしょうか。障がいとは人間という種の保存のために無くてはならないものであるということを、確かどこかで読んだことがあります。ナチスドイツではその優生思想によってユダヤ人や少数民族とともに障がい者は抹殺の対象であったといいます。障がいや精神病を否定すべきもの、あってはならないもの、社会にとっては迷惑なものという考えを社会に流布させ、偏見や差別を助長し、障がい者を社会から切り離し、存在そのものを否定しようとする考えそれ自体が犯罪的、暴力的です。違いを認めないということ、違うものを差別し排除するという思想は社会に大きな緊張とストレスを生み出し、結局その社会自体を破滅に導くでしょう。わたしはナチスドイツのことを言っているのではありません。
 

 障がいとは人間性の一部です。と言っても障がいを美化するつもりはありません。確かにそれは障がいを負うものにとっては不条理で否定しようにも否定できないものゆえに、さまざまな苦しみや悲しみを伴うことは事実です。しかしひとに対しては生きる意味を、ひとの可能性や多様な生き方を自覚させ、社会にあっては共に生きることや他者とのつながり、さらには信頼や愛する感情を養い、平和の尊さを知らせるきっかけともなり得て、かけがえのない肯定的な役割を担っていることも事実です。

 『世界がもし100人の村だったら』の著者は、このように語りかけています。

 いろいろな人がいるこの村では、あなたとは違う人を理解すること、相手をあるがままに受け入れること、そしてそういうことを知ることがとても大切です。(理解すること、受け入れることはとても根気と努力が要ることですが、報いも大きいでしょう。)

 愛してください。たとえあなたが傷ついていても、傷ついたことなど無いかのように愛してください。

 愛してください。あなたがこの村であなたと違う人々と暮らしてこうして生きているという事実を。

 もしも、私やあなたから始まって、多くの人が(努力によって)この村を愛することを知ったなら、(そしてこの村を愛することができるようになったなら)、(偏見や差別や排除または)人々を引き裂くあらゆる非道な力からこの村を救うことができます。(それはつまり、自分自身とここでともに生きる人々を救うことになるのです。) 注:( )内は石上の作文です。   

 退院促進事業を実施するに当たって「自立支援員」という資格が新たにできました。社会的入院をされている精神障がいをもつ人が退院を希望されるときに、医療、保健、福祉、行政などの関係者と連携を取りながら、地域での生活を営むことができるようにお手伝いするお仕事です。かつては「地域から病院へ」、そして時代は変わり、これからは「病院から地域へ」となる。その流れを作ろうというところで、微力ながら私はこの度、100人目の村人を迎えるお手伝いをさせていただくことになりました。

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