15歳の幸福度
百年に一度とまで言われる経済危機のあおりを受けて、今まさに立場の弱い人ほど非情な扱いを受けています。ついこの間まで未曾有の利益を上げていた多国籍資本は、不況の局面に入ったとたん下請けや非熟練労働者に冷酷な仕打ちを持って報い、それが当然というように恥じる様子もありません。身軽になった資本は、不況から抜け出すといち早く株を上げてますます巨大化します。労働とはいったい何なのでしょう。人間にとって働くとは隷属することなのでしょうか。働くとは価値の創造であり、誇りであり、喜びであるはず。人間にだけ許された尊い行為です。多くの子どもは労働に対するイメージを損なっています。また、国民を幸せにしない国家とはいったい何なのでしょう。私たちはこの国に生まれ育った誇りと喜びを子どもたちにどのように教えたらいいのでしょうか。いま多くの子どもが幸せを実感できていません。
昨年、ユニセフは経済先進国の子どもの福祉に関する研究報告書を発表しました(*)。その中にいわゆる「幸福度調査」という項目がありますが、2003年当時の15歳の子どもへの質問で「幸福を感じていない」と答えた子どもの割合が、日本は29.8%と突出して高い。続くアイスランドは10.3%、オランダは最も低く2.9%という結果です。また、自己肯定感を表す指標となる質問「自分は不器用だ」と答えた子どもの割合でも日本は最も高い。同じく15歳の子どもに「非熟練労働を望むか」との質問に対して日本の15歳の子どもの半数が「はい」と答えて、他の先進国と比べて群を抜いています。これは社会でより安定したポジションを得るために教育や訓練を受けたり、労働市場への関心や就業への意欲を持つ子どもの割合が少ないことの表れではないかと思います。
この調査結果を持って日本の子どもの状況を断定することはできませんが、残念ながら、私たちが日ごろ子どものことについて抱いている実感に割りと近いものではないかと思いますが、皆さんいかがでしょうか。私の15歳になる子どもも親の聞こえるところで「幸せじゃない」と言っていますし、嫌いなものや努力を要する面倒な物事などは最初から避けて通ろうとします。まさに上の調査結果の通りです。
産業が高度に発達した先進国が、必ずしも子どもの福祉における先進国ではないということをこの報告書は指摘しています。調査を行ったOECDに加盟している25カ国の内、「幸福度」については日本はまさにいちばん遅れを取っている「後進国」ということになります。大切なのは、ことの優劣ではなく、国際比較においてなぜ日本はこの様で、他国はなぜそうではないのかという現状の認識を得ることで、またその原因を明らかにすることによって改善への道筋をつけ、10年後、20年後は子どもの福祉においても日本が先進国になっているという状況を作り出すことではないでしょうか。国家や自治体がすること、教育関係者がすること、民間ができることいろいろあるかと思います。
10年後、「幸福を感じない」という日本の子どもが、せめて福祉「先進国」といわれる国々のお尻のほうにくっついていたら、そして20年後は「先進国」並みの結果が出たらすばらしいと思います。先行きが不透明で、閉塞感がますます漂う昨今の日本社会ですが、そのような夢ならば共有できそうです。何年か前にアジアの砂漠に種入りの泥団子を撒いて緑の大地を再生する壮大な運動がありました。静岡には自動販売機をゼロにして原子力発電所の要らない社会にしようと本気で地道に頑張っている人がいます。人を圧倒するような大きな力、克服不可能と思われるような大きな困難に対して小さな力でも夢と勇気を持って挑む人を私は尊敬します。彼ら/彼女たちの夢の実現を信じないで、誰が夢を語ることができるでしょうか。
「かげんどら」に出入りする子どもたちの幸せ度を指の数で表すとしたら何本の指が立つでしょうか。初めて出会ったときと較べて1本でも2本でも多く指が立つようになったら、この活動がその夢の実現にささやかな貢献をしたことになります。そういう若い人が社会のここでまたあそこでひとり二人と現れたら、20年後は決して夢ではありません。必要なのは想像力と夢の実現を信じて絶えず願うこと、そしてその思いが挫けてしまわないよう助け合って進むことです。
(*http://www.unicef.or.jp/library/pres_bn2007/pres_07_14.html)
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