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2009年7月 2日 (木)

社会全体で子どもを支えるシステムをつくる③

バリア(障壁)が社会にあるとすればそれを取り除くのは社会の責任です

2006年12月、国連総会で「障害者の権利条約」が採択されました。21世紀ではじめての権利条約です。この権利条約は、福祉という主観的で、時と所によって相対的な価値を持つ言葉ではなく、人権という世界共通語によって障害を持つ人の権利を表わしていることが重要です。

障害者の権利条約の原則から上位にあるものをまとめてみます。

1は、人間としての尊厳、個人の自律と自立を尊重すること。

2は、差別の禁止、障害の差異を人間の多様性の一部として尊重すること。

3は、完全な社会参加と機会の平等

この障害者の権利条約は障害者の権利獲得の歴史においてひとつの輝かしい記念碑的な地位にあります。この頂に到達するまで、世界の障害者は文字どおり自らの命をかけて権利獲得の足場を築いてきました。このように今まで社会的弱者と見なされていた人々、特に障害者や子どもの人権について、国際的な基準が一応出来上がり、これ以降はこの世界の「共通言語」を援用して当事者の権利を擁護し、また人権に係る問題への理解を求めていくことが可能となりました。

ここで、この脈絡において「社会的ひきこもり」にある人々のことについて考えてみたいと思います。この人々はその大半がもはや子どもではありません。第一義的には病気ではありませんし、障害者でもありません。しかし、この人々は子どもの権利条約が保障する諸権利、「生きる権利」、「守られる権利」、「育つ権利」、「参加する権利」が同じように守られているでしょうか。障害者の権利条約で上に挙げた諸原則が同じように守られているでしょうか。そもそも、社会的自立や社会的参加を拒む人にたいしてその権利を保障することにどのような意味があるのか。

児童労働にかかわる子どもは権利を主張しませんが、そういう状況にある子たちこそ子どもの権利条約が必要です。同じように、権利を主張しない障害者は多いけれども、権利を主張しない人々や持てる障害等によって権利を主張できない人々もまた同じように権利が保証されて当然です。子どもには等しく教育を受ける機会が与えられる。必要ならば学校や学校へのアクセスを保証する。例えば安全な通学路を作る。コミュニティの中で子どもを育てる等。障害者にたいしては等しく公共へのアクセスを保証する。例えば、公共施設の段差にはスロープを設置する。学校は施設の不備を理由に入学を拒んではならない等。こうした配慮は社会の構成員全体がその責務を負います。

つまり、人として当然あるべき姿を実現するときに、その人にその意思があるかどうかということは問題ではありません。問題は、人が人として当然あるべき姿を実現するときに何か妨げや支障があるならば、その妨げや支障を取り除く責任は社会あるいは社会を構成する一人一人にあるということなのです。

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